都市文化論とガイドブックのあいだに
『北京論 10の都市文化案内』について
『北京論 10の都市文化案内』について
本田 英郎
『北京論 10の都市文化案内』(著者:松原弘典、写真:淺川敏、企画・編:本田 英郎)のための取材および撮影は、二〇〇八年四月一日〜六日、四月二四日〜五月四日のあいだに行なわれました。最初の訪問の前日(三月三一日)、天安門広場では、北京オリンピックの聖火がアテネから運ばれ、盛大な記念式典が催されていました。この頃から、三月一〇日にラサ(チベット自治区)で起こった出来事と重ね合わせ、事態を厳しく見つめる報道を数多く目にすることになります。式典の数日後、天安門広場を訪れました。テレビでは、広場の前で警備にあたる公安の車と直立不動の警備員が映し出され、北京が緊張を帯びた危険な場所であるかのように報じられていましたが、(しばしば言及されるように)実際の現場ではまったく異なる体験をすることになります。周囲の空間の広さ(広場だけで五〇万人で埋め尽くされる)、圧倒的な交通量、観光客の多さ……。そこに漂う空気は報道で伝えられるような緊張に満ちたものではありません。テレビキャメラが切り取るものものしい映像の周りでは、膨大な数の中国人と外国人観光客がいて、まるで花火大会の帰り途のような活気のなか、各々が穏やかに記念撮影に興じています。
かつて、イランの映画監督アッバス・キアロスタミが「私は外国に長く滞在することも多く、海外のメディアが伝えるイランの映像をよく見ます。そのとき目にする映像は暗いものが多く、イランに住んでいる人間としては、違和感を感じます。そんな映像だけを見ていると、人々が普通に暮らしているとはまったく感じられません」(一九九八年のNHKの番組)と語っていますが、状況は違えどこれは現在の北京報道にも当てはまることです(この生活への眼差しは、もちろん中国の人権問題や言論統制に関する批判とは別の次元です。ある国の信条や姿勢に共感するにせよ反対するにせよ、まず相手を知ることからしか始まらない)。
本書の制作過程は、こうした報道や出版に常に起こりうる、映像と言説のフォーマット化に対する自省の念によって支えられています。見る層、読む層を凡庸にマーケティングし、この内容だとこの層には届かないから、もっとわかりやすく、といった想定が視聴者と読者をじつに凡庸なかたちで規定してゆきます。そうした創り手の側のイメージの固定化から離れ、ある国や都市をどう見たらいいのかを考えるきっかけとなり、同時に、実際にある時間旅をして、出来事や場所にリアルに触れあえるようなガイドブックとなることを企図したのが本書です。
映画にせよ音楽にせよ、優れた批評を読むと、実際に映画館に足を運びたくなり、音を聴きたくなります。同様に、都市と建築に関わる優れたエッセイも、読者を旅の実践へと誘ってくれます。本書では、他のガイドブックには載っていない、興味深い場所がたくさん紹介されていますが、実際に旅をし、出来事や人に出逢い、体験し、考える、その過程で、中国や北京に関する固定化されたイメージがこれまでと異なる表情を帯びて見えてくる、そんな交感がすこしでも生まれれば、これ以上の喜びはありません。
いかなる状況であろうとも、人々は生活を営まなければなりません。外側からはどんなに悲壮な状況に見えても、そこではときに結婚式も行なわれ、赤ちゃんも誕生し、こどもたちが真剣にサッカーに興じ、それを見守る大人たちの微笑みが存在します。世界に対する想像力(「何事であれ、そこにはつねに、それ以上のことがある。どんな出来事でも、他にも出来事がある」というスーザン・ソンタグの言葉が思い浮かぶ)を羽ばたかせるには、差異(を際立たせるの)ではなく共通点を(発見すること)。
私たちの二度目の北京訪問からおよそ一週間後の五月一二日、四川で大規模な地震が起こりました。そして日本では、六月一四日、岩手・宮城内陸地震が発生しました。命の尊さという共通の感覚を胸に。
二〇〇八年七月二〇日
ほんだ ひでお
1964年生まれ。編集者、クリエイティヴ・ディレクター、「Codex Archives & Publishing」編集長。1988年東北大学卒業(社会学)。芸術文化・情報文化を中心に、書物・カタログ・映像・シンポジウム・ウェブなどの企画・プロデュースに携わる。1991年から2007年までNTT出版。同・第一出版本部編集部長、『インターコミュニケーション』編集長を経て、現在に至る。鎌倉在住。主な編集書に、『Anywhere』ほか「Any」シリーズ(浅田彰+磯崎新監修)、『フォーサイス1999』(浅田彰監修)、『この時代に想う テロへ の眼差し』『良心の領界』(スーザン・ソンタグ)、『映画への不実なる誘い』(蓮實重彥)、『小津安二郎生誕100年記念国際シンポジウム OZU2003』(制作・発行)など。ウェブサイト「あなたに映画を愛しているとは言わせない」(http://www.mube.jp/)共同主宰。
[このエッセイは、『北京論 10の都市文化案内』の編集後記に手を加えたものです。H.H.]
